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3.怖くて動けなかった高校1年生〜心が自分を守ろうとした行動、引きこもり〜

施設で過ごした18年間の話をしました。
すべてが決められた日々の中で、私は一つの問いを持ち続けていました。

どうすれば、人は自分の人生を「選べる」ようになるのだろう。

その問いを抱えたまま、私は高校生になりました。

しかし高校1年生のとき、私は引きこもりました。
将来への恐怖が、身体を動けなくしたのです。この写真はその当時、引きこもっていた時の写真です。

今回は、そのときの話をします。
引きこもることになった理由、身体に出た症状、そして私を動かしてくれた一人の恩師との出会いについて。

養護学校(特別支援学校)施設という「理解されていた世界」の終わり。

施設には、小学部・中学部・高等部という進学の流れがありました。
先生も友人も、私の障害を最初から知っていました。
一から説明しなくても、分かってもらえる世界でした。

そこでは、私は「特別な存在」ではありませんでした。
障害があることが前提の場所で、ただの一人の生徒として、安心して過ごせる環境でした。

しかし、高等部に進んだとき、初めて現実が見えてきました。

高等部を卒業すると、施設を出なければならない。

大学部はない。

施設での生活には、終わりがある。

卒業後は岐阜市から地元である多治見市に戻ることになります。

それは、18年間ずっと夢見て憧れていた生活。
それと同時に「理解されることが当たり前」だった環境を離れ、「理解されないかもしれない世界」に一人で踏み出すことを意味していました。

そのとき初めて、私は自分の置かれた現実の重さに気がつきました。

「健常者の中で生きる」という現実が、重くのしかかった。

どんな将来がやってくるのか、まったく想像できませんでした。

障害のない人たちが当たり前に生きている社会に、車椅子の自分が出ていく。
自分の障害を、会う人全員に一から説明しなければならない。
どこに行けるのか、何ができるのか、誰が受け入れてくれるのか。

何も見えなかった。

見えないことが、恐怖でした。
分からないことが、不安でした。

やがてその恐怖は、身体に出始めました。

心の悲鳴が、身体を壊した。

頭が痛くなりました。

お腹が痛くなりました。

吐き気がしました。

そして、血を吐きました。

病院に行っても、身体的な原因は見つかりませんでした。
検査をしても、異常はない。
それなのに、身体は悲鳴を上げ続けていました。

今なら分かります。それは、心の悲鳴でした。

将来への不安、理解されない場所への恐怖、自分の力ではどうにもならない現実。
それらが積み重なって、心が限界を超え、身体を通して外に出てきたのです。

私は、動けなくなりました。

引きこもりは、怠けではない。

あのとき、私は弱かったのでしょうか。

違います。怖かったのです。

理解されないかもしれない場所へ、一人で出ていくことが。

引きこもるという選択は、怠けではありません。
心が自分を守ろうとする、必死の行動です。
身体が、これ以上傷つかないように、限界を知らせているサインです。

「環境が変わるときに人は強くなれる」とよく言われます。
しかし実際は、理解されない場所に踏み出すことは、とてつもない勇気が必要です。
その勇気が出ないとき、立ち止まることは、逃げではなく、自分を守る知恵です。

今、もし引きこもっている方がいるなら、私はその気持ちが分かります。

外の世界が怖い。
理解されないかもしれない。
失敗したらどうしよう。
その不安は、本物です。
おかしくも、弱くもありません。

それでも、心の奥では思い続けていた。

動けなくなっていた私の心の奥に、それでもずっと消えない感情がありました。

このまま終わりたくない。

理解されないかもしれない。

それでも、自分の人生を自分で選びたい。

施設で18年間、選べない人生を生きてきたからこそ、「選ぶ」ということへの渇望が、私の中で誰よりも強かったのかもしれません。

勇気とは、怖くないことではありません。怖さを抱えたまま、それでも一歩踏み出すことです。

ただし、その勇気は、一人では生まれません。

たった一人の存在が、止まっていた人生を動かした。

引きこもり、動けなくなっていた私に、一人の恩師が向き合ってくれました。

否定もしませんでした。急かすこともしませんでした。「なぜ来ないんだ」とも言いませんでした。

ただ静かに、こう問いかけてくれたのです。

「和明は、本当は何がやりたいんだ?」

その一言が、心の奥に届きました。

私の現状を責めるのではなく、私の「やりたいこと」を聞いてくれた。
理解されないかもしれない世界へ出ていくのが怖かった私に、「分かろうとしてくれる人」が現れた。

それだけで、世界の見え方が変わりました。

大きな言葉でなくていい。
特別な支援でなくていい。
たった一人の存在が、止まっていた人生を、もう一度動かすことがあります。

これが、私が「頼れる先を増やすこと」の力を確信した、最初の体験でした。

出会いは、未来を変える。

私は時間をかけて、少しずつ外へ向かいました。

恩師の一言がなければ、あの一歩は踏み出せなかったと思います。
怖さは消えていませんでした。
それでも動けたのは、「分かってくれる人がいる」という事実があったからです。

C-POWERグループが岐阜県多治見市で展開している就労支援や生活支援、相談支援の事業は、突き詰めると、この体験が原点にあります。

引きこもっている人に、「なぜ来ないんだ」とは言わない。
急かさない。
否定しない。
ただ「あなたは何がやりたいんですか」と問いかけ、その答えを一緒に探す。

私たちの支援の姿勢は、あの恩師から教わったものです。

読んでくださったあなたへ

今、動けない状態にある方へ。引きこもっている方へ。将来が見えなくて怖い方へ。

あなたは弱くない。怖いだけです。そして、怖いのは当然のことです。

ただ一つだけ伝えさせてください。

「分かろうとしてくれる人」は、必ずどこかにいます。

その人に出会うまで、諦めないでください。

そしてその出会いは、動き続けることでしか、生まれません。

どんなに小さな一歩でも、動いた先にしか、出会いは待っていません。

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