施設で過ごした18年間の話をしました。
すべてが決められた日々の中で、私は一つの問いを持ち続けていました。
どうすれば、人は自分の人生を「選べる」ようになるのだろう。
その問いを抱えたまま、私は高校生になりました。
しかし高校1年生のとき、私は引きこもりました。
将来への恐怖が、身体を動けなくしたのです。この写真はその当時、引きこもっていた時の写真です。
今回は、そのときの話をします。
引きこもることになった理由、身体に出た症状、そして私を動かしてくれた一人の恩師との出会いについて。
養護学校(特別支援学校)施設という「理解されていた世界」の終わり。
施設には、小学部・中学部・高等部という進学の流れがありました。
先生も友人も、私の障害を最初から知っていました。
一から説明しなくても、分かってもらえる世界でした。
そこでは、私は「特別な存在」ではありませんでした。
障害があることが前提の場所で、ただの一人の生徒として、安心して過ごせる環境でした。
しかし、高等部に進んだとき、初めて現実が見えてきました。
高等部を卒業すると、施設を出なければならない。
大学部はない。
施設での生活には、終わりがある。
卒業後は岐阜市から地元である多治見市に戻ることになります。
それは、18年間ずっと夢見て憧れていた生活。
それと同時に「理解されることが当たり前」だった環境を離れ、「理解されないかもしれない世界」に一人で踏み出すことを意味していました。
そのとき初めて、私は自分の置かれた現実の重さに気がつきました。
「健常者の中で生きる」という現実が、重くのしかかった。
どんな将来がやってくるのか、まったく想像できませんでした。
障害のない人たちが当たり前に生きている社会に、車椅子の自分が出ていく。
自分の障害を、会う人全員に一から説明しなければならない。
どこに行けるのか、何ができるのか、誰が受け入れてくれるのか。
何も見えなかった。
見えないことが、恐怖でした。
分からないことが、不安でした。
やがてその恐怖は、身体に出始めました。
心の悲鳴が、身体を壊した。
頭が痛くなりました。
お腹が痛くなりました。
吐き気がしました。
そして、血を吐きました。
病院に行っても、身体的な原因は見つかりませんでした。
検査をしても、異常はない。
それなのに、身体は悲鳴を上げ続けていました。
今なら分かります。それは、心の悲鳴でした。
将来への不安、理解されない場所への恐怖、自分の力ではどうにもならない現実。
それらが積み重なって、心が限界を超え、身体を通して外に出てきたのです。
私は、動けなくなりました。
引きこもりは、怠けではない。
あのとき、私は弱かったのでしょうか。
違います。怖かったのです。
理解されないかもしれない場所へ、一人で出ていくことが。
引きこもるという選択は、怠けではありません。
心が自分を守ろうとする、必死の行動です。
身体が、これ以上傷つかないように、限界を知らせているサインです。
「環境が変わるときに人は強くなれる」とよく言われます。
しかし実際は、理解されない場所に踏み出すことは、とてつもない勇気が必要です。
その勇気が出ないとき、立ち止まることは、逃げではなく、自分を守る知恵です。
今、もし引きこもっている方がいるなら、私はその気持ちが分かります。
外の世界が怖い。
理解されないかもしれない。
失敗したらどうしよう。
その不安は、本物です。
おかしくも、弱くもありません。
それでも、心の奥では思い続けていた。
動けなくなっていた私の心の奥に、それでもずっと消えない感情がありました。
このまま終わりたくない。
理解されないかもしれない。
それでも、自分の人生を自分で選びたい。
施設で18年間、選べない人生を生きてきたからこそ、「選ぶ」ということへの渇望が、私の中で誰よりも強かったのかもしれません。
勇気とは、怖くないことではありません。怖さを抱えたまま、それでも一歩踏み出すことです。
ただし、その勇気は、一人では生まれません。
たった一人の存在が、止まっていた人生を動かした。
引きこもり、動けなくなっていた私に、一人の恩師が向き合ってくれました。
否定もしませんでした。急かすこともしませんでした。「なぜ来ないんだ」とも言いませんでした。
ただ静かに、こう問いかけてくれたのです。
「和明は、本当は何がやりたいんだ?」
その一言が、心の奥に届きました。
私の現状を責めるのではなく、私の「やりたいこと」を聞いてくれた。
理解されないかもしれない世界へ出ていくのが怖かった私に、「分かろうとしてくれる人」が現れた。
それだけで、世界の見え方が変わりました。
大きな言葉でなくていい。
特別な支援でなくていい。
たった一人の存在が、止まっていた人生を、もう一度動かすことがあります。
これが、私が「頼れる先を増やすこと」の力を確信した、最初の体験でした。
出会いは、未来を変える。
私は時間をかけて、少しずつ外へ向かいました。
恩師の一言がなければ、あの一歩は踏み出せなかったと思います。
怖さは消えていませんでした。
それでも動けたのは、「分かってくれる人がいる」という事実があったからです。
C-POWERグループが岐阜県多治見市で展開している就労支援や生活支援、相談支援の事業は、突き詰めると、この体験が原点にあります。
引きこもっている人に、「なぜ来ないんだ」とは言わない。
急かさない。
否定しない。
ただ「あなたは何がやりたいんですか」と問いかけ、その答えを一緒に探す。
私たちの支援の姿勢は、あの恩師から教わったものです。
読んでくださったあなたへ
今、動けない状態にある方へ。引きこもっている方へ。将来が見えなくて怖い方へ。
あなたは弱くない。怖いだけです。そして、怖いのは当然のことです。
ただ一つだけ伝えさせてください。
「分かろうとしてくれる人」は、必ずどこかにいます。
その人に出会うまで、諦めないでください。
そしてその出会いは、動き続けることでしか、生まれません。
どんなに小さな一歩でも、動いた先にしか、出会いは待っていません。
