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7.就職、全部落ちて、入社しました。【号外】設立記念日特別篇

―― 2002年2月18日の創業、2008年6月18日の法人設立。二つの記念日に ――

今日、6月18日は、株式会社C-POWERの設立記念日です。

そしてもう一つ、実はあまり知られていない記念日があります。
2002年2月18日。私が、たった一人で事業を始めた日です。

今日は、この二つの記念日をつなげて、話をしたいと思います。

「創業記念日」と「設立記念日」、同じ日のように思われるかもしれませんが、C-POWERグループにとっては別の日です。個人で事業を始めた日が創業記念日、法人として会社を設立した日が設立記念日。
この二つの間には、6年の時間と、一つの大きな気づきがありました。

全部落ちました。だから、自分でやることにした。

専門学校を卒業するとき、私は就職活動をしていました。デザインの仕事がしたくて、何十社も面接を受けました。

結果は、全部不採用。
一社も受かりませんでした。

面接で「うちには合わないですね」と言われた回数は、途中から数えるのをやめました。
スーツも、履歴書の書き方も、それなりに頑張ったつもりです。それでも、結果は変わりませんでした。

それでも、本当の決め手になったのは、悔しさそのものではありませんでした。

最後に受けた面接で、面接官にこう聞かれました。

「残業があって、終電がなくなったとき、どうやって家に帰りますか?」

私は、こう答えました。

「親に、車で迎えに来てもらいます。」

すると、面接官はこう続けました。

「親が死んだら、どうしますか?」

答えられませんでした。

そのとき、初めて気づきました。

私の本当の目的は、就職することではなく、将来のためにお金を稼ぎ、自分で生きていくことでした。
就職は、その目的のための、一つの手段に過ぎなかったのです。

手段と目的を取り違えたままでは、いつまでも前には進めません。
就職という手段にこだわらなくても、自分で稼ぐ方法を選べばいい。

私は昔から、弱音を吐くのも、弱音を聞くのも、大嫌いな性格です。
できないことがあれば、どうしたらできるかを考えるほうが、性に合っています。

「だったら、自分でやる。」

そう決めて、就職活動をやめました。

22歳、2002年2月18日。
パソコンとプリンター一台、私一人で、「TOTAL DESIGN C-POWER」という屋号を掲げました。

採用してくれる会社が一社もなかったので、自分で会社(という名の事務所)をつくったわけです。
今思えば、これも一つの「全力」の形だったのかもしれません。
誰かに選ばれるのを待つより、自分で選ぶほうが、性格的にずっと楽でした。

一人ではできないことに気づいた日

一人で看板を背負うことは、最初は心地よくもありました。
誰の判断も待たず、自分のペースで決めて動けることが、何より自由に感じられたのです。

それから6年、個人事業として仕事を続けました。順調に見えた時期もありました。

けれど、ある時、体調を崩し、しばらく仕事を休むことになりました。
その結果、それまで受けていた仕事の多くを、一度に失うことになります。

このとき気づいたのは、「体力の限界」だけではありませんでした。

個人事業主のままでは、誰かを正式に雇うことができない。その限界に、はっきりと気づいたのです。

一緒に働きたいと言ってくれる人がいても、個人の名前のままでは、その人の生活を預かることができません。
本当の意味で仲間を増やすためには、肥田和明個人の事務所ではなく、「会社」にする必要がありました。

就職できなかった私が、入社した日

2008年6月18日、株式会社C-POWERを設立しました。代表取締役に私、取締役には飯野真理子が就任しました。

一人だった会社に、初めて「もう一人」が加わった瞬間です。
振り返れば、これも、頼れる先が増えた最初の出来事でした。

このとき、ふと思ったことがあります。

就職活動で、あれだけ全部の会社に落ちた私が、結局、自分の会社に“就職”することになった。

これは、地味に嬉しい感覚でした。履歴書を出さなくても、面接を受けなくても、確実に採用される会社が一つだけある。それが、自分でつくった会社だったわけです。

もちろん肩書きは「代表取締役」ですから、正確には“入社”ではありません。
それでも、気持ちの上では、ずっとそんな感覚で受け止めています。

法人化は、ただの手続きではありません。

一人で立つことをやめ、頼れる仲間を、自分の人生と仕事に正式に迎え入れる選択でした。

このコラムで繰り返し書いてきた「自立とは、頼れる先を増やし続けること」という考え方。
その種は、もうこの瞬間から、私の中で芽吹き始めていたのだと思います。

福祉だけの会社、ではありません。

ここで、一つだけはっきりさせておきたいことがあります。

C-POWERグループは、福祉の会社になったわけではありません。

2002年の創業から続けてきたデザイン、広告、マーケティング、ITの仕事は、今も形を変え成長しながら続いています。今の株式会社SMC-POWERという会社が、企業の経営課題を解決する役割を担い、この事業を引き継いでいます。

グラフィックデザイン、ウェブ制作、SNSでの情報発信、マーケティングの顧問業務。

創業した当時から大切にしてきたこの仕事を、私たちはやめていません。

福祉と、企業支援。この二つの軸を両方持ち続けていることが、C-POWERグループらしさだと、私は思っています。
どちらか一方に染まってしまったら、それはもう、私が始めた会社ではなくなってしまう気がするのです。

18年経って、今思うこと。

あれから18年が経ちました。

一人で始めた会社は、100人を超えるたくさんの仲間が関わる組織になりました。

デザイン、マーケティング、ITDX、福祉、就労支援、企業支援、食品サービス、住まいの支援。いくつもの事業が生まれ、関わってくださる方の輪も、当時とは比べものにならないほど広がりました。

事務所が一つだけだった頃と比べると、今は福祉も企業支援も、いくつもの事業所やサービスに広がっています。

ここまで歩んでこられたのは、私一人の力ではありません。

共に働いてくれた仲間。相談に乗ってくれた方々。仕事を任せてくださったお客様。
そして、私たちを頼ってくださった、たくさんの障害のある仲間、利用者の皆さん。

その一人ひとりの存在が、この18年を一緒につくってくれました。

行政の担当者の方々、地域の皆さん、福祉の現場で一緒に考えてくださった専門職の方々。数え切れない頼れる先が、この18年で増えていきました。本当に、感謝しかありません。

頼れる先が増えるということは、自分一人の限界を超えて、できることが増えていくということでもあります。それを、この会社の歩みそのものが、私に教えてくれました。

逆境はエネルギーになる

昔から、私の性格は変わっていません。

全力でやることが好きです。負けるのが嫌いです。

できないことがあれば、「どうしたらできるか」を考えるほうが、性に合っています。

弱音を吐くこと、愚痴を言うこと、言い訳をすること。

そのどれも、できれば一生したくないと思っています。

就職活動で全部落ちたときも、体調を崩して仕事の大半を失ったときも、根っこにあったのは同じ感覚でした。

「ここで止まったら、それで終わってしまう。」
「だったら、どうしたらできるかを考えよう。」

落ち込む時間より、考える時間のほうが、私には性に合っています。

逆境は、止まる理由にはなりません。私にとっては、前に進むためのエネルギーです。

これからも

C-POWERグループは、これからも「頼れる先を増やし続けて自立する」という考え方を大切にしながら、福祉も、企業支援も、両方の手を緩めずに歩んでいきます。

“やってみたい”と思った、その瞬間に挑戦できる世界を。

この景色を、これからも一緒につくっていきたいと思います。

全部落ちたところから始まった会社が、18年経った今も、ここにあります。

就職できなかった私が、唯一“入社”できた会社。今日も、この会社で、全力で働いています。

もし今、就職活動や、何かの選考でうまくいかず、悩んでいる人がいたら、伝えたいことがあります。

落ちることは、終わりではありません。落ちた数だけ、別の道を選ぶ自由が、増えていくこともあります。

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